プロジェクトの活動

 

はるかのひまわり絆プロジェクトは

 阪神大震災由来のひまわりの種「はるかのひまわり」を全国で生育し咲かせていただく過程で、災害や命の尊さを再考する機会とし、 自らの元気を取り戻す、自己再生や復興。 また、身近な家族や友人を思いやる中での再生や復興。 さらに地元故郷の再生復興へと拡がることを願っています。

 

  はるかのひまわり絆プロジェクトからお届けする種は、全国で咲いた、はるかのひまわりの種を里帰りしていただき、皆さんのもとへ再配布しています。 ですから、お届けする種には、はるかちゃんを憂う想いに重ねて、何層にも全国の皆さんの想いが重なりあった心豊かな種となります。

 

 ぜひ皆さんの手で、ひとひら、の想いを重ね合わせませんか?

プロジェクトへの参加方法は

  1. はるかのひまわり絆プロジェクトは理念に賛同され、活動に参加される皆さんで行うプロジェクトです。

    はるかのひまわり絆プロジェクト理念
    「はるかのひまわり」を育て採取した種を配布する過程で由来を伝え、災害の悲惨さと共に命の尊さを再考する機会とする事で、「人の尊厳」と「人との関わりの大切さ」を知る感性豊かな地域社会を醸成する事を目的とします。
     
  2. 毎春(4月頃)に、はるかのひまわり、の種を無償で配布します。配布募集に応募いただく形でプロジェクトメンバーになっていただきます。 配布する種は収穫場所の情報とともにお届けいたします。
    配布に関する情報は[種の配布申込み]をご覧ください。
     
  3. 配布された種は、皆さんの地元故郷で大切にお育て下さい。ご家庭で、職場で、学校で、地域の公園で・・・

    ※公共の場所でお育ていただく場合は該当地管轄所の許可が必要です。(公園・道路・駅舎・遊休地など)

     
  4. 開花後に種を収穫してください。
      
  5. 収穫した種は、ぜひプロジェクトに一部ご返却(里帰り)いただければ幸いです。
    もちろん、皆さん自身のプロジェクトとして身近な友人やお知り合いに再配布いただいても結構です。その折はぜひ由来とプロジェクト理念をお伝え下さい。
    再配布用の印刷原稿をご用意しています)    
    ※はるかのひまわり絆プロジェクトでは全国の皆さんの収穫した種を翌年に収穫地情報と共に再配布しています。ぜひ里帰りにご協力下さい。

どこで咲いてるの?

  ★クリックでマップ表示
  ★クリックでマップ表示

※GoogleMapの仕様変更に伴い、2014年初頭より更新ができなくなっています。(改善の努力をしていますので今しばらくお待ちください)

 

  • 全国への配布情報はGoogleMAPでご覧いただけます。
  • また、送付いただいたお写真や、Facebookページコミュニティーなどへのご投稿写真や記事などもマップ情報として追加し、地図上でのメンバー活動の様子をご覧いただけるように配慮しています。

    ※配布場所情報はご応募いただいた際の住所を使用致しますが、個人情報に配慮し氏名公開や番地までの特定は致しません。 公共場所(学校や公共施設、許諾いただいた施設)などは正確に表示しています。

GoogleMAPの左のカラムをクリックすると、その様子が見ることが出来ます。

はるかのひまわり絆プロジェクト誕生の経緯

藤野芳雄さん
藤野芳雄さん

はるかのひまわり絆プロジェクトは2008年2月2日に誕生しました。

 

IMMC 第56回 こどものためのコンサート~震災13年 いのちの鼓動 輝ける未来へ~

 

 兵庫県神戸市で、「こどものためのコンサート」を主催する団体の阪神大震災追悼コンサート(2008年2月2日)の開演に際し「はるかのひまわり」の名付け親である藤野芳雄さんから、お話をしていただきました。 
「はるかのひまわり」の由来とともに、震災後13年にわたって、はるかのひまわり、の種を命の連鎖に例え、咲かせ続けるとともに、命の大切さや人との繋がりの大切さを子どもたちに伝える活動を、地道に愚直に続けておられるその姿に心打たれました。 

その折に初めて10粒の「はるかのひまわり」の種を手にしました。

 

個人的に配布活動を行っておりましたが、東日本大震災後に藤野芳雄さんのご協力を得て、震災地への配布活動を行うようになりました。


 はるかちゃんと同級生の娘さんを持つ藤野芳雄さんは、はるかちゃんを救い出せなかった悔しい思いから、はるかのひまわり、を全国へ普及させる活動を愚直に続けてこられた、はるかのひまわり、の生みの親です。

”はるかのひまわり絆プロジェクト”も藤野芳雄さんの真摯な思いから生まれた活動です。 藤野芳雄さんは2012年11月に逝去されましたが、ご冥福を祈りつつ、藤野さんの思いのバトンを受け活動の継続をしています。

 

藤野芳雄さん追悼記事 日本経済新聞 2013/1/10 電子版
※情報提供者の立場で公開しています。

※IMMCとは
特定非営利活動法人IMMCは阪神大震災の翌年より、傷ついたこどもたちの心を、プロの演奏家によるクラシックコンサートで癒やす過程で、参加される子どもたちのご両親のコミュニティーの場として地域の子育て支援をめざした団体です。

活動主体

はるかのひまわり絆プロジェクト
主宰 松島俊哉

ご連絡はフォームよりお願い致します。

 

 

はるかのひまわりの由来

平成7年1月17日の明け方、5時46分、大きな地震が襲いました。 木造の建物は、その揺れでひとたまりもなく崩れてしまい、2階部分が崩れ落ち、1階は完全に押しつぶされていました。
はるかちゃんがガレキの下から発見されたのは、地震発生から7時間後でした。

震災から半年後、かつてはるかちゃんの家があった空き地、はるかちゃんの遺体を発見した場所。驚いたことに、そこに無数のひまわりの花が、力強く、太陽に向っ て咲いていました。お母さんはひまわりを見て、「娘がひまわりとなって帰ってきた」と涙しました。近所の人たちは、この花をこう呼びました。

『はるかのひまわり』

何も無くなってしまった町の空に、次々に咲いた大輪の花はたくさんの人を励まし勇気付けました。

HARUKANO HIMAWARI / Haruka’s Sunflower Story

The story begins in January 1995, when Haruka Kato, a very kind and popular 11 year old girl, was killed in the terrible Kobe earthquake which destroyed her home. That summer, a beautiful sunflower mysteriously fought its way through the piles of rubble and bloomed in the vacant lot where Haruka’s house had once stood.

Residents took seeds from the sunflower and sowed them as symbols of memory and hope. And then seeds were collected from these sunflowers…. and so it continued with sunflowers sprouting all over Japan and the world. Seeds were sent to USA for the 911 disaster, and to Thailand after the tsunami. And of course, Haruka’s sunflowers were planted in Tohoku after the tsunami to bring strength to the local people who suffered such tragedy and loss.

The sunflower is not just an ordinary flower in Japan anymore, it has become a symbol of hope for all.

 

関連書籍のご紹介

あの日をわすれない はるかのひまわり (PHPにこにこえほん) [大型本]  

指田 和子 (著), 鈴木 びんこ (イラスト) 

阪神大震災で妹を亡くした少女が妹を思わせるひまわりの花を咲かせることで救われていく。NHKで放映されて感動を呼んだ実話の絵本化。

「はるかのひまわり」物語 [単行本]
NHK「はるかのひまわり」取材班 (著)

人々に勇気と希望を与える花はるかのひまわり―阪神・淡路大震災、家族「再生」の物語。NHKハイビジョン特集「はるかのひまわり―阪神・淡路大震災、大輪の花に託す思い」、NHKにんげんドキュメント「はるかのひまわり―阪神・淡路大震災、家族の10年」の出版化。